小学校の頃、喘息持ちで全然スポーツできなかった僕を小5の時の担任の先生が背中を教えてくれて、そこから走るのが好きになって、喘息もよくなって、スポーツが好きになった。


運動ってこんなにも楽しいんだ

小4の時はマラソン大会に出ても学年で最下位をいってた僕が、5年生になってメキメキ伸びて、地区の駅伝大会のメンバーに選ばれるようになったんです。そして、その大会で小6の時に区間賞とって、僕はとても自分がやったことだとは思えず、先生が僕に機会を与えてくれたからだと思いました。
 

そんな僕の小学校卒業当時の夢は「箱根駅伝に出て、走ることを教える先生になる。」ということでした。


でも、中学校は全校生徒が30人をきる小規模な学校(2年前に休校になった)で部活は男は野球、女はバレーという選択肢の何もない学校でした。最初は走ることをしたいと考えていた僕ですが、徐々に野球が好きになって、野球にのめり込むようになり、毎日キャッチボールするのが好きになって、コントロールはあまり良くなかったけどピッチャーになりました。

 

ピッチャーって言ったら花のポジションのイメージがあると思いますが、実は相当うまくないとボコボコに打たれたり、フォアボール出したりして、恥ずかしいし辛いポジションでもあるんです。

でも、僕はそんな気持ちはほとんどなく、ただ全力で動くことのできるこの現状を最高に楽しんでいました。
 

先生が教えることの最上級

そんな僕は小学校のそのできごと以来、先生という職業に憧れを持っていました。形は変わってきたけど、高校生の時も「理科を教えたい!」、「部活持って野球かバレーの顧問をしたい」と考えていました。
 

その後も大学に入り、遊んで勉強もろくにしてなかったけど、教育で今の社会を変えたいと心から思っていました。先生という職業が僕にこうしてきっかけを与えてくれたから。
 


学習支援 様子

2012年~2013年にかけて宮城県気仙沼へ1年間、東日本大震災の復興に関わるNPO法人底上げという団体でインターンをさせてもらう機会がありました。そこは津波で被災してしまった人たちが住む仮設の集会所を使って学習支援という活動をやられていました。

 

僕の考えていた「教育」というものがどれほどちっぽけで固定概念の塊だったかをその時感じました。

そこには僕の知っている「教育」ではないけど、確かに「教育」の場となっていたのです。

 

「教育」とは教えることだと思っていた

僕は教育は知っている人が知らない人に教えてあげることだと思っていました。

  • 言葉を話せない人に言葉を教える。
  • 漢字がかけない人に漢字を教える。
  • 自分で進路を選択できない人に進路選択の方法を教える。

でも、それだけじゃない。"自分で考えて学ぶ"のをサポートするというのが現代の教育では必要なんだと思いました。

 

東大行ったら進路ばっちり、幸せな生活間違いなしの社会ではないのです。


この記事がいいこと書いてたので載っけときます。

内定が取れない東大生 彼らはなぜ就職できないのか?


やっぱり自分で考えて選択するってことが必要なんです。

世の中が複雑すぎて何かを犠牲にしないと選択できないのが今です。


教育実習でわかった学校教育の限界

先に書いておきますが、学校教育を非難しているわけでもなく、学校の先生がくそだとか言ってるわけではないです。むしろ尊敬しています。


教育実習

教育実習にいって、教壇に立って、化学の授業をして、毎日学習指導要領をみて、指導案書いて、という繰り返しの日々。毎日先輩の教員にフィードバックをもらって、どうしたら分かりやすい授業ができるか、どうしたら綺麗な板書ができるかと毎日考えて、実践しました。


3週間の実習を終えて、僕の得た経験は本当にすばらしく、僕の教えた生徒が素晴らしい人生を歩んでくれたらいいなと思いました。ですが、その中で僕自身に湧いてきた疑問もあって、現代の学校教育システムの限界を感じました。(例外はありますが...)


それはやはり「みんなが同じ」という潜在的な意識付けの教育でした。

「生徒指導」という名の下、みんなが同じ服装で、みんなが髪型同じで、みんなが携帯をもってはいけなくて、みんながスカートの丈の長さを注意される。


僕なんて、高校までチャリで約1時間かかるとこからきてて、電車も通ってないし、バスも一時間に一本あったらいいって感じのところに住んでるのに、連絡手段のケータイは学校には持ってきてはいけないという規則が設けられ、見つかったら没収されました。
 

そして、なぜそんなルールが必要なのか?という疑問に対して答えられる教師はほとんどいないというのが現状です。


知っている方は多いと思いますが、日本は戦後の教育がすばらしく発達して、現在では高校への進学率は95%を超えているんです。

 

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(H24年 文部科学省「学校基本調査」)

 

これはほんとに素晴らしい数字で、これだけの人が教育を受けられているという面ではすごく恵まれた社会であると思う。でも、その中でみんなを平坦に平坦に、出る杭は打たれる教育が今の学校教育にある気がするんです。


それでは自分の進路や自分の生き方を見つけていこうと考え進んでいく子も少ないのは明確ですね。

僕はこの教育現場から僕の考える教育の現場を作り出すことは難しいと考えました。ほんとに先輩の教員の方はかっこよくて、素晴らしい人間性だと思ったし、今でも尊敬しています。

でも、僕はこの場で働きたいと純粋に思えませんでした。
 

「家庭」から「学校」へ、「学校」から「地域」へ

これからの社会を作っていく大きなキーワードが「教育」だと考えています。
 

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ですがこの「教育」が現状のまま変わらなければ社会の変化に対応できなくなってくると思います。

昔は学校教育がなかったけど、それが今は普通になってきています。でも、学校教育にも限界が来ていて、次は「地域教育」というのがくるのではないかと考えています。


東日本大震災以降、地域のコミュニティに対する意識変化は著しいと思います。忘れかけていた大事なことを思い出したようにも思います。コミュニケーションの方法もITが進むことで変化しています。それがうまく使えるような「新しい教育」を考えていきたいです。




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